INASOFT 管理人のひとこと


フリーソフトダウンロードサイト「INASOFT」の管理人 矢吹拓也 が日々の「ひとこと」を語るページです。
2021年1月1日より、旧ブログ(blog.inasoft.org)からお引越ししました。
・INASOFT Webサイト: https://www.inasoft.org/
・管理人のふたこと(長文記事/寄稿文): https://www.inasoft.org/talk/
2022年7月下旬より再び本業多忙化してきているため、更新頻度は落ちます。 [2022/7/24 19:32]

目次 | ←前へ / 2021-04-28 00:00 / 次へ→ / 最新へ⇒

■「新刊本はメルカリ出て高く売れる」で与えた「誤解」ってなんだろう。正しく伝わってるんじゃないか

2021年 4月28日(水) 0:00:00



RSSRSS配信中
https://www.inasoft.org/



最近、政治家や企業が不祥事で謝罪をする場合に「(一部の方に)誤解を与えてしまった」という表現を使うことがブームになってきていると思います。類似パターンとして、政治家や元政治家の発言を受けての謝罪で「○○と受け取られかねない表現だった」「○○と受け取ってしまった方がいた」という謝罪もあります。

こういう表現で謝罪をすることがブームになっているというか、テンプレになっているという側面はあると思いますが、この言葉を使って謝罪をしている人は、「十分に相手に通じているだろう」と思って言っているのかは疑問です。もしくは「そういうふうに受け取ってしまうヤツがバカなのであって、俺は悪くない」と本気で思っているのかもしれません。というか、ニュース番組での報道を見ると「俺は悪くない」というふうに受け止められているようだということも含めて報道されているのも見かけますが、謝罪文のテキストを書く人は、こういった報道は参考にしないのでしょうね。

というか、「誤解」ってなんでしょうね。

最近は謝罪文の中で「誤解が…」と出てきたら、即座に「殴り返されないように殴ったつもりだったが、殴り返された。誤解を与えてしまった。殴り返されないつもりだった」という言葉が連想されるようになりました。この変なテンプレは。誰が流行らせたんだろう。なぜ通じると思うんだろう。


このことが急に気になったのは、「新刊本はメルカリで意外と高く売れる!」TSUTAYA一部店舗のPOPが批判呼ぶ CCC「配慮欠けた」とキャンペーンを中止というニュースを見てのこと。「(中略)…配慮が欠けた表現があり、一部の方に誤解与えてしまった」という言葉が掲載されています。

このキャンペーンを見て怒っている人は、本当に誤解を原因としているんでしょうか。

記事を読む限りでは、おそらく、TSUTAYAの意図が正しく伝わったうえで、誤解せず怒っているんじゃないかなとも思います。

正しくはどのように伝わることを意図していて、間違ってどのように伝わってしまったのか」を明確にしないうえでの「(一部の方に)誤解を与えてしまった」という表現は、信用ならないものだと思います。


さて、話は変わりまして。誤解せず怒っているんじゃないかなと書いたところを掘り下げてみようと思います。というのも、僕自身がこの件に関して、100%の怒りを抱くことができなかったから。とはいえ、100%ではないけれども、妙な違和感はある。善か悪かで尋ねられれば「悪」だと答えると思う。

ネット上の多くの人が怒っていて、ネット上にコンセンサスが形成されつつあるにもかかわらず、それを見ている僕が100%のコンセンサスを抱けないということであれば、ネット村八分にされる可能性があって、今後生きていく上で危険ということになるので。もしかしたら、ネット外でも、会社でこの話題が降られたとき、妻からこの話題を振られたとき、子供からこの話題を振られたときに「正しい(=現代社会におけるポリコレ的な意味での正しい)」意見が表明できなければ、会社で、家族で、村八分状態にされかねないわけで。

SNS社会においては、「周りの人からどう見られているか」をコントロールすることの重要性は一段と増していますからね。


で、なぜ多くの人は怒っているのか。また、どうして僕自身は100%の怒りを抱くことができなかったか。こういう時、ひとまず思考の方法として「類似点と相違点を考えるとよい」というのがあったと思いますので、そこを皮切りに考えてみました。

類似点と相違点を探るにあたっての比較対象は、僕自身が「本屋で本を買い、中古屋で売る(またはゲーム屋でゲームを買い、中古屋で売る)」という流れです。なぜ「TSUTAYAで新刊を買い、メルカリで売ることを奨励すること(さらに目安金額を提示)」は許されなくて、僕自身が「個人で本屋で本を買い、中古屋で売る」ことは許されると考えてしまっているか。類似点と相違点は何か。

【類似点】

  • 本屋で新品の本を買う。あるいはゲーム屋で新品のゲームを買う。
  • 読み終わったら蔵書とはせずに/ゲームで遊び終わったら、なるべく早い期間で古本屋(ブックオフ)などで売る。
  • 売って得たお金で、次の本、あるいはゲームを買う。(新品を買うかもしれないし、そのまま中古屋で買うかもしれない)
  • 中古屋で本を買っても著者や出版社にお金は流れない。中古屋でゲームを買ってもメーカーにお金は流れない。著者やメーカーが次の物づくりをしようという意気込みが失われるかもしれない。

【相違点】

  • 僕自身は「個人でやっている」が、TSUTAYAは「企業として奨励している」。
  • メルカリは転売ヤーの巣窟で、印象が悪い。特にここ1年、マスクやティッシュの買い占めで痛い目を見ている人が多くおり、さらに印象が悪くなっている。
  • TSUTAYA自身も、ここ数年は図書館運営のことで、ネット上では悪名高くなっている。ネット上で叩かれやすくなっている。
  • メルカリでの目安金額の提示はやりすぎでは?(「やりすぎ」になってしまう「一線」がどこに設定されるかはわからない)
  • TSUTAYAの言っていることが言い訳くさい。

100%怒るためには、「本屋で本を買い、中古屋で売る」をやめれば良いのかもしれません。記事を読んでみると「作家への敬意を欠いている」という批判意見が載せられていました。ただそれだと、真っ先にやり玉にあがりそうなブックオフゲオなどの存在もあったりしますが、それらは多くの人に認められている……というか、結局多くの人が利用してしまっているでしょうからね。となると、これはあまり関係ないかもしれません。

どちらかというと、そのすぐ近くにある批判意見「書店が本の転売を推奨するなんて」で怒っている人が多いのかもしれません。「本を買い、読んで、売って、そのお金で次の本を新品で買う」というサイクルは多くの人がやっているかもしれませんから、社会通念上許されるのでしょうが、「本を買い、読みもせず高額転売して、利益を出す」というサイクル。メルカリを使っているということは、どうせ高額転売目当てだろうというイメージが、社会通念上許されないとみなされるのかもしれません。

となると、最初の「誤解」というのも、「本を買い、読みもせず高額転売して、利益を出す」と思われてしまったことを指しているのかもしれません。

とはいえ、目先の利益ばかりに囚われすぎて、メルカリでの目安価格まで同時掲示するようなキャンペーンをしておいて、「転売されるなんて思っていませんでした」なんて言い訳をするなら、あまりにも考えが浅すぎでしょうね。「誤解」を与えたのではなくて、「それを見て怒ったネット民の方が、深い考えを持っていた」というのが、正しいところかなと思います。



目次 | ←前へ / 2021-04-28 00:00 / 次へ→ / 最新へ⇒


目次の表示:


ブログではないので、コメント機能とトラックバック機能は提供していません。ご質問・ご意見等はメールフィードバックまたはTwitter等からお願いします。いただいたご質問・ご意見などは、この「管理人のひとこと」の記事に追加、あるいは新規の記事にする形で一部または全文をそのまま、あるいは加工させていただいた上で、ご紹介させていただく場合があります。
当サイトでは掲載内容による不具合等に関する責任を持ちません。また、内容の正確性についての保証もありませんので、情報をご利用の際は、利用者の自己責任で確認をお願いします。本ページは公開から1年半後の任意のタイミングで削除される予定です。


- 最近の更新 -



3130712 (+0092)[+1082]

Copyright© 2010-2024 INASOFT