INASOFT 管理人のひとこと


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■キズナアイにイチャモンを付けて炎上させようとして逆炎上した件を見て、ふと思い出したこと

2018/10/21 0:00:00


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ちょっと前に、バーチャルユーチューバー(VTuber)のキズナアイにイチャモンを付けた社会学者(?)とかいう人が、逆炎上していた件を目にして、まぁ静観かなと考えていました。

というのは、自分の生活範囲内だと、VTuber関連は入ってきていないので、このことそのものに考えを巡らせるほど知識を持っていないので。

ユーチューバーについては、5歳の娘が、カリスマ小学生ユーチューバーのチャンネルをよく見ていたり、マインクラフトの情報が得たくて(っていうか、ただただ面白くて)ヒカキンさんの動画を観ていたり…という程度でしょうか。

VTuberだと、以前にふとしたきっかけで、輝夜月の動画を見ていて、中毒を起こしそうになって、時間がみるみる溶けそうな気がしてきて、慌てて引き上げたってことがあった感じですね。あのときはヤバかった。

で、ああいった感じで、かわいい女の子の絵を見たときに、空想と現実の区別が付かなくなって批判してしまう自称社会学者ってのが出てくる現象を、どう捉えたもんかと考えたときに、以前に自分が下した決断を思い出しました。

2000年代前半のこと。「すっきり!! デフラグ」の方向性を考えていたときに、操作を補助するナビゲータの役割を、かわいい女の子の絵にやってもらうようなスタイルのインタフェースを考えたことがありました。

それは当時、ウィザードモードの一形態として、実現しました。

(そのうちの一人が、今でいうところの神緒睦なのですが、今回はそういう話ではないので省略)

その後、そういったスタイルを進化させていこうとも考えていたのですが、一般人(=いわゆるオタクではないという意味)が家族の前や、同僚のいる会社等でも使うことのあるソフトウェアを、こういったスタイルに進化させてしまうと、利用者離れが起こってしまうのではないか?という考えがふと頭をよぎり、そういった方向への進化を止めたということがありました。

で、そういう、かわいい女の子の絵を出すようなスタイルは、同人サークルの葦葉製作所のゲーム作品の方で進化させていくことにして、INASOFTでそういうことは、あまり進めないようにしたのでした。

(例外はウィキペディア・タイマなのですが、現在は、開発終了しています)

今から思えば、作者はやりたいことをやっていればいいし、利用者に対しては、萌えスタイルと通常スタイルの2種類の選択肢を渡しておけばよかったわけなのですが、当時はそういう方向に舵を切ることも思いつかなかったですね。

ただ、"一般論的"に、"そういったこと"をやることは"許されることなのかどうか"ということを気にしていました。

でも、

  • 何が "一般論的" なのか。
  • 何が "そういったこと" なのか。
  • 仮に "許され" なければ何が起きるのか。
を、深く考えたことなど一度もありませんでした。なんとなく、ふわふわとした頭の中の定義で、なんとなく決めてしまいました。

もし、当時、そういった方向の思考にならず、もうちょっと深く考えて「やりたいことをやればいいじゃん」という方向に舵を切っていればどうなっていたか…。

きっと、CrystalDiskInfoのような、素晴らしいスタイルに進化を遂げていたかもしれません。

もしかすると、VTuberみたいな、ヌルヌル動くナビゲータが案内するソフトウェアに進化していたかもしれません。

でも、2012年のときに連続誤検知事件発生時の誤解バリエーションの一つに、「あんな萌え絵をつけるから誤検知されるんだろ」とかいう、ありもしない疑いが加わっていたかもしれません。

もしかしたら今頃は、自称社会学者に因縁を付けられていたかもしれません。

どうなっていたかは、わかりません。

と、こう考えたとき、あの時の

  • 何が "一般論的" なのか。
  • 何が "そういったこと" なのか。
  • 仮に "許され" なければ何が起きるのか。
これらの、定義があまりしっかりしない、国民的コンセンサスも得られていない、モヤモヤとした考えみたいなのが、あの自称社会学者みたいな人の頭の中身なのでしょうか。だとすると、当時の僕の頭の中身は、あの自称社会学者みたいな人みたいになっていたんでしょうか。





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